
b8ta(ベータ)は、2025年9月末をもって日本国内の全店舗を閉店することを発表しました。
米・シリコンバレーで生まれた「売らない店」として話題を呼んだb8taは、体験型リテールの象徴とも言える存在でしたが、なぜこのような結末を迎えることになったのでしょうか。
最大の要因は、都心一等地の高い固定費と人件費に対して、出品企業様からの利用料やデータ提供料を柱とする収益が伸び悩み、収益性の臨界点を超えられなかったことにあります。
米国本体の撤退後も国内で自走を図りましたが、RaaS(Retail as a Service)の導入先拡大や出品ブランド様の継続確保が計画通りに進まず、ショールーミングによるEC転換の寄与を定量的に示すことの難しさが、出品側の投資判断を鈍らせました。
さらに、コロナ禍を契機とした購買のオンラインシフト、円安や物価高によるコスト増、賃料更改の負担、人材確保難などの外部環境が重なり、店舗網の維持よりも縮小・撤退の意思決定が合理的となったのです。
ここでは、こうした複合要因を分解し、なぜ“全店舗閉店せざるを得なかったのか”をファイナンス、オペレーション、マーケティングの観点から解説し、小売業界に残された示唆を読み解きます。
b8taの閉店理由と経営課題

b8taが日本国内で全店舗閉店に至った最大の理由は、経営不振と持続可能性の欠如です。
米国本社が2022年に全店舗を閉鎖した際、日本法人は独自に商標権やソフトウェアのライセンスを取得し、国内での事業を継続しました。
しかし、拡大計画として掲げた「最大10店舗展開」は達成できず、収益構造の脆弱さが露呈しました。
特に高コスト構造、都心でのテナント料、人件費がROIを満たせず、持続的な運営を阻む要因となりました。
さらに、収益源の中心である出品企業側からの利用料モデルも、ブランド側にとっては短期的な販売促進効果が見えづらく、継続契約が難しいという課題がありました。
経営的には、出品企業側を増やす営業コストと店舗維持費が利益を圧迫し、スケールするほど固定費負担が増すというジレンマに陥っていたのです。
さらに、新型コロナウイルスの影響も深刻でした。
外出自粛やオンラインシフトにより来店客数が激減し、「体験するために店舗を訪れる」という価値提案自体が揺らいでしまったのです。
消費者の購買行動がデジタル化する中で、従来型の来店型体験は求心力を失いました。
その結果、収益モデルの再構築や店舗網の見直しを行う余力が限られ、経営改善策を講じる前に撤退判断を下さざるを得ませんでした。
売らない店というビジネスモデルの限界

b8taの特徴は「売らない店」としてのビジネスモデルにありました。
消費者は商品を手に取って体験することができ、購入はECや他のチャネルに委ねられる仕組みです。
このモデルは新しい購買行動を反映していましたが、収益の柱である出品企業からの利用料やデータ提供料に依存しており、十分な数の出品者を継続的に確保できなかった点が課題でした。
さらに、こうした利用料収入は規模が拡大しない限り一定の上限があり、利用料単価を引き上げればブランド側の離脱を招くリスクがあり、価格戦略の柔軟性が乏しいという限界もありました。
また、店舗スタッフが販売ノルマを持たないため、体験の場としての魅力はあったものの、来店者が必ずしも購買に直結しない現実が収益を圧迫しました。
特に短期的な売上成果を求める企業文化との相性が悪く、出品企業の期待と乖離することも少なくありませんでした。
加えて、来店客数の増減が直接的に収益へ結びつかないため、マーケティング投資の効果測定も困難で、投資回収のシナリオを描きにくい構造となっていました。
さらに、顧客にとっては体験だけで購入は別のオンラインチャネルで行うことが前提となり、店舗自体が“収益を生まない場所”と見なされるリスクが常につきまとったのです。
小売市場の競争環境とデジタル化の加速

日本の小売市場は競争が激化しており、オンラインショッピングの普及によって消費者はより便利で低コストな購買手段を選ぶようになっています。
こうした市場環境の中で、b8taのような体験型店舗は差別化を図ることが難しく、競合との優位性を維持できませんでした。
特に、即日・翌日配送や送料無料返品といったオンライン側の“試す代替”が当たり前になり、「触って確かめるために出向くコスト」を上回るベネフィットを提示しづらくなりました。
加えて、AR試着やライブコマース、短尺動画によるレビューの一般化によって、発見・比較・疑似体験がデジタル上で完結しやすくなり、体験提供だけでは来店動機の独自性を保ちにくくなったのです。

さらに、コロナ禍を経てOMO(Online Merged with Offline)や無人決済、AI活用などの新しい小売手法が台頭しています。
b8taもデジタル化やRaaS(Retail as a Service)モデルを模索しましたが、市場浸透には至らず、成果を出す前にリソースが尽きた形となりました。
加えて、家電量販店・百貨店・大型専門店などの小売業がポップアップやショップインショップで“触って学べる”導線を広範に実装した結果、体験自体がコモディティ化しました。
価格・在庫・ポイント連動まで一気通貫で提供できる大型流通に対し、購入即時性を持ちにくい体験特化型店舗は埋没しやすく、差別化の核が弱くなったのです。
また、オフライン→オンラインの送客効果を厳密に計測することは、プライバシー規制強化やクッキー制限の影響で難度が上がりました。
そのため、出品企業側のマーケティング予算は、効果帰属が明確な広告やクリエイター施策に流れやすく、体験型店舗の投資優先度が相対的に低下しました。
製品ライフサイクルの短縮と値ごろ感重視の消費マインドも相まって、

「体験は良かったが購入は最安チャネルで」
という行動が常態化し、直近の市場環境では体験だけで差別化と収益の両立を図ることが難しくなっていたのです。
まとめ
b8taが国内全店舗を閉店する背景には、経営不振、高コスト構造、消費者行動の変化、そしてビジネスモデルの限界が複雑に絡み合っています。
「売らない店」という革新的な発想は小売業界に大きな刺激を与えましたが、持続的な収益構造を築けなかったことが最大の要因です。
特に、オンラインシフトによる来店動機の希薄化や、家賃・人件費の固定費圧迫、収益性を短期間で示せない構造的な弱点は、他の新興リテールモデルにとっても共通の課題といえるでしょう。
b8taの撤退は、小売業界における体験型店舗の可能性と課題を浮き彫りにしました。
今後は、ショールーミングやOMO戦略を取り入れ、より効率的かつ顧客志向のモデルが求められるでしょう。
加えて、出品企業側の期待に応えられる成果指標の明確化や、オンラインと連動した販売転換率の可視化などが不可欠となります。
さらに、消費者が“体験したい”と感じる価値をどのように設計するか、既存のECや大型小売との差異化をどのように提示できるかが次世代リテールの成否を分ける鍵になるはずです。
b8taの挑戦は終わりましたが、その理念は次世代のリテールモデルに活かされ、より洗練された体験価値として再生する可能性を秘めています。










